SSブログ

甲斐南信濃紀行(2)怒濤の進撃 [2017旅行]

前日の疲れも何のその、
日頃の習慣か自然と4時には目が覚めたので、
ひとっ風呂浴びて5時半にロビーに集合だ。

10.JPG

6時からの久遠寺の朝のお勤めに参加するべく、
マイクロバスで会場近くへ送っていただいた。

12.JPG

要領を得ないままバスから放り出されたが、
ところで何処へ行けば、何処から入るのか判らん。
何となく人気を求めて行くと朝の鐘撞きに出くわした。

13.JPG


アクロバティック万歳 \(^^)/

15.JPG

大勢のお坊さん、全国からの寺ごとの信者の団体、
個人も多く集まり、大広間は熱気むんむんだ。

読経の大合唱の迫力。
堂内に漂う一体感、静謐な空気。

心に迫る異空間の体験は約40分ほどで終了だ。
宗派が異なれど今回も好かった。
心が洗われたような・・・気がする (^_-)

16.JPG

名物の参道石段を降りて一旦旅館へ戻る。

19.JPG

21.JPG

22.JPG

部屋で朝食を取っていると、
瞬く間に青空が広がり心が躍る。
日本3大三門が望める好い部屋へ、
旅館の好意で変更して頂き本当にありがたい。
→ 旅館 田中屋

ロープウェイで行ける山頂の奥之院も見える。
おおっ、早く進撃しなくては!
では[ BGM : casiopea - Asayake

23.JPG

はやる心と共に旅館をチェックアウトし、
再び久遠寺参拝を心ゆくまで愉しむのだ。
紅葉のシャワーに抱かれる幸福感よ (*^_^*)

25.JPG

開祖日蓮聖人の廟所で拝礼 <(_ _)>

26.JPG

晩年を過ごした御草庵跡に気持ちが引き締まる。
遠き昔、ここで過ごされた・・・!

27.JPG

そして石段=菩提梯を登る。

28.JPG

息も絶え絶えで何とか287段を。
日頃の運動不足で足の筋肉が悲鳴を・・・(×_×)

29.JPG

30.JPG

奥之院へのロープウェイは、
徐々に高度を上げて視界を広くする。

31.JPG

32.JPG

おおっ!
絶景かな、絶景かな!
遠くは駿河湾と伊豆半島まで望める。

33.JPG

日蓮聖人が自ら植えた杉の木など、
時の長さ、重さを胸に参拝だ。

34.JPG


迫力の、白銀の富士山も、さらば (^^)/

35.JPG

いつかは、と狙っていた参拝が叶い感謝。

詳細はこちら → オレの寺!久遠寺(1) (2)

36.JPG

さて本日は17時に原村のマダム宅へ突撃だ。
それまでの、ついで観光候補を絞った結果、
まずは本命の木曽路の奈良井宿へ決定!
高速道路経由で約140km先なれば2時間弱か。

38.JPG

富士川沿いのR52を引き返し、
中部横断道は増穂ICからと思いきや、
その前に六郷ICが開通しているを発見。


道なき道のナビがうるさい (--#)

39.JPG

甲府盆地の入り口で右手に目を向けると、
樋渡投手を擁し甲子園で春ベスト4、夏8の、
市川高校はあの辺かな~、などとよそ見が忙しい。
もちろん富士山も!
「尻丸出しの富士山はダメでござる。
 甲斐から望める富士山がサイコー♪」
中井貴一信玄が吠えていたっけな (^^)

40.JPG

双葉JCTから中央道へ入り塩尻ICを目指す。
厳しい上り坂が続くが愛車は360PS、
560Nmのモンスターゆえに問題ナッシンだぜ!


・・・気分が高揚して嘘つきますた<(_ _)> =×1/2。
原村・茅野市=マダム宅エリアを素通り御免。
またまた来ました諏訪湖、塩尻峠 ♪

41.JPG

ところで塩尻峠付近は気になることが。
「大八(だいはち)回り」
なる遠回りを意味する言葉発祥の地がここだ。

59.JPG

 明治時代に中央線敷設の際に木曽谷と伊那谷で誘致合戦が繰り広げられた際に、敗れた伊那谷側が、政治的な力で辰野を回るようにしたため。伊那谷出身の政治家 伊藤大八が伊那谷の一部にだけでも駅を誘致するべく奔走したもの。
 塩尻峠経由だと当時の技術では難工事が予想されたという側面もあり、塩尻峠経由ではなく上伊那の辰野経由が採用され付近は発展した。
 そもそも当時トンネル技術があれば、山の中の木曽谷よりも圧倒的に沿線人口の多い伊那谷経由で、恵那山付近で長大トンネルにて名古屋へ向かったに違いない。現在の中央自動車道のように。
 さて、やがて時代は進み、塩嶺トンネル(5994m)が完成すると、岡谷塩尻間は辰野経由で28kmが12kmへと大幅に短縮し、トンネル経由が本線となり辰野経由は支線へ格下げとなった。
 しかし「大八回り」の言葉は今も生きている。

いつか乗りたい鉄道浪漫万歳 \(^^)/
そんな地域の物語も胸に塩尻峠を通過だ。
諏訪湖から怪しかった空は、
塩尻峠を抜けると見事に雪が舞っている。

42.JPG

ということは奈良井宿も雪か!?
それは戦を想像させるなれば、
今のうちに昼食を=腹が減っては戦が出来ん!

43.JPG

東京での何時ものように、
ここでも松屋の牛丼が私らしい (^_-)

44.jpg

さて初めてのR19の景色を愉しむ。
10年以上前に名古屋から上越まで、
特急鉄道で移動した際に通過した以来だ。
木曽谷の先はまさに暗雲だが、
愛車も人間も雪国仕様ゆえに問題は無い。

45.JPG

やがてR19脇に楢川小学校が見えて、
その奥の高台には楢川中学校が見える。
学生駅伝で活躍した現在日清食品グループ所属の、
村沢明伸選手の母校だと云うことを私は知っている。
(常に小ネタをポケットに私は忙しい

46.JPG

そして直ぐに木曽の大橋の駐車場へ。
総檜の立派なアーチにマニア心が躍る。

48.JPG

さてついに奈良井宿へ進撃!

50.JPG


軽く舞う雪がさらに風情を醸し出す。

51.JPG

52.JPG

今度は旅籠へ宿泊し、
夜、朝の散策も愉しんでみたい。
もちろん旧中山道ロングウォークも!

53.JPG

そのうち、と狙っていた訪問が叶い感謝。

詳細はこちら → 木曽路 奈良井宿を歩く

54.jpg

さて次は時間があるので峠攻めを続ける。
R19鳥居峠からR361権兵衛峠にて伊那谷へ抜け、
東端の高遠城跡からR152にて杖突峠で茅野へ出る。
大昔から温めていた案だ d(^^)

55.JPG

57.JPG

鳥居峠は中央分水嶺で、
武田家と木曽家の合戦場跡がある。
旧中山道を歩いてこそだが、それは次回に譲り、
今回はR19の鳥居トンネル(1738m)で。

56.JPG

中央分水嶺は権兵衛峠も同じで、
ちょうど入り組んでいるところだ。
木曽谷と伊那谷間を権兵衛峠旧道では、
90分を要していたが新道開通で30分に短縮され、
周囲の生活も非常に楽になったことだろう。
権兵衛トンネル(4467m)の長さは、
我が県での一般路では県境の大峠笹谷峠クラスだ。

58.jpg

雪が舞う山間の急坂を駆け上がる。
姥神トンネル(1826m)から権兵衛トンネルは、
直線的なので高速道路並みの快適さだ。


長いトンネルを抜けてしばらくすると、
開けた視界の伊那谷の様子が圧巻だ。

おおっ!
絶景かな、絶景かな!

R361は一直線に伊那市中心部へ滑り込んで行く。
左折をひとつ間違えたら伊那駅前へ来てしまった (^0^;)

60.JPG

再びR361へ戻り市街地を愉しむ。
地元周囲と変わらぬ地方都市の様子だ。
やがて旧高遠町市街地の高遠城跡へ。


歴史ファンで知らぬ人はおるまいの高遠城。
戦国時代には重要軍事拠点として、
織田信長の武田掃討戦における落城時と、
江戸時代には名君の居城として、
また江戸城大奥の権力争いに纏わることなどでも。
・・・ついに来たぜ!感で気分はモアもっこり (^^)

61.JPG

62.JPG

現在は桜の名所として有名で、
よく見る写真はここか。

63.JPG

その本丸跡へ。

64.JPG

伊那谷の眺望も良好で、
先ほど快走してきた権兵衛峠、街道が見える。
65.JPG

本丸跡には新城(盛信)神社、藤原神社が鎮座する。
織田5万の大軍をわずか3千で迎え撃ち、
壮烈な最期を遂げた信玄5男、
仁科五郎盛信を祭神として合祀されている。

66.JPG

池波正太郎の名作『真田太平記』も、
この高遠落城シーンから始まっている。

67.JPG

城の位置、作りから要害と一目瞭然だ。
百聞は一見に如かずをまさに (^^)
次は是非桜の時期に訪問する機会を望む。

68.JPG

次は愉しみにしていた歴史博物館だ。
特に絵島囲み屋敷を観たい!

70.JPG

絵島は33歳で流され61歳で亡くなるまで、
8畳間+α(風呂等)しか許されず、
見張りの周囲が圧倒的に広い屋敷に幽閉された。
どのような思いで日々を送ったものか・・・。

・・・が、何と休館日!・・・(O_O)ガーン

71.JPG

落胆し彷徨うそばには保科正之親子の像が。
正之は徳川2代将軍秀忠の隠し子扱いとされ、
数奇な運命を辿った江戸時代屈指の名君だ。
その幼少時に預けられたが高遠藩保科家で、
以後山形藩、会津藩へと移封される。
ちなみにお墓は → オレの神社!・・・土津神社

72.JPG

以前マダムより教えて貰った、
NHK大河ドラマ化運動はまだ続いているのか?
私は2時間程度のドラマ、映画化が、
締まりのある物語として成立しそうだが・・・。

73.JPG

まずは一旦さらば、いつか再訪することであろう。

程よい時間となりマダム家を目指すべく、
山間のR152杖突街道を北上して杖突峠へ。
信玄が西上作戦において、信濃から遠州へ出て、
三方ヶ原の戦いで徳川家康に大勝した時に通った道だ。
もちろんそれ以前にも通ったであろうが。
あ、織田信長も高遠城から、
古府中(甲府)へでも通ったか。
その杖突峠は地図で見ると片峠で壁と判る。
走り屋なる暴走族が出没しそうだ・・・( ̄∇ ̄)

75.JPG

76.JPG


やがて雑誌やWebで見たことのある展望所へ。

79.JPG

有刺鉄線に囲まれた、気合いを醸す展望台入口。
かなり怪しいが躊躇なく入らねば!

80.JPG

81.JPG

おおっ!
絶景かな、絶景かな!
ミニチュア模型のような眼前は、
茅野市街地でマダム、俺の城!氏の母校が見える。

85.JPG

左は諏訪湖だが霧ヶ峰は見えず残念。

86.JPG

右はマダムたちの生息地原村で、
奥は八ヶ岳のはずだが見えず残念。

87.JPG

しかしこの開放感も素晴らしい!d(^^)


ところでこの展望台は個人所有とのことで、
怪しいが愉しそうな案内があったりし良いかも。

88.JPG

その隣の峠の茶屋も無料展望台がある。

89.JPG

ガラス張りゆえに開放感は引けを取るが、
雨の日には良かろう。

90.JPG

あ~愉しそう ♪

91.JPG

Meもカノジョと来たい!ヽ(゚Д゚)ノ(血の叫び)

92.JPG

さて16時なれば、あと1時間。
その前にひとっ風呂浴びて、
心身清めてバシッ!と参上したい。
しかし、その前に富士見町に住む、
叔母へも挨拶したいので、
近くに適当な温泉や入浴施設を探すと・・・。
→ ゆ~とろん 水神の湯


100%源泉かけ流しのガチ温泉は800円。
露天風呂も多く愉しめそうだ (^^)♪

94.JPG

1時間くらいゆっくりしたいが、
20分くらいしか時間がない (゚´Д`゚);;;
もちろんマダムは怖いが遅れてならぬ理由がある。
は~忙しい、ジャブジャブ!

95.JPG

では叔母さん宅へ。
連絡無しで突然現れたら驚くことだろう。
「こんばんは~!叔母さん、元気~?
 突然来たよ、ジャジャジャジャ~ン ♪ 」 (つづく


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント